大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)8654号 判決 1987年11月25日

大阪市東淀川区小松1丁目15番18号

原告

東洋製鉄株式会社

右代表者代表取締役

音頭直次

右訴訟代理人弁護士

大槻龍馬

谷村和治

安田孝

平田友三

東京都千代田区霞が関1丁目1番1号

(送達場所 大阪市東区谷町2丁目31番地大阪第二法務合同庁舎大阪法務局訟務部)

被告

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右指定代理人

佐藤明

外3名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は,原告に対し,698万9411円及びこれに対する昭和50年3月11日から支払ずみまで年7.3%の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は,被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  予備的に仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は,銑鉄及び一般鋳物製造業を営む会社であるが,昭和和47年6月27日,所轄東淀川税務署長に対し,昭46年5月1日から昭和47年4月30日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税につき,所得金額17,399,609円,法人税額5,813,800円とする確定申告をした。

2  原告は,昭和49年8月30日,大阪国税局から法人税法違反の嫌疑により犯則調査を受け,関係帳簿等一切を押収された。

3  原告代表者は,右調査中の昭和50年1月27日同国税局査察部査察官西脇,米田から,査察調査の結果証拠により正確に計算された原告の本件事業年度の所得金額は47,378,055円,法人税額は16,887,670円であると言われ,これにより修正申告をするよう強い勧告を受けた。

4  原告代表者は,躊躇したが,両査察官から「修正申告をすれば処分は軽くなるが応じなければ処分が重くなる」と脅され,また,「計算に間違いはない」と言われたので,やむなくその言を信じて,右勧告に応ずることとした。

5  原告は,本件事業年度の法人税につき,同年2月18日,査察官から示されたとおりの内容の修正申告をし,同月28日,法人税の不足分を納付した。

6  東淀川税務署長は,これに基づき,同年3月10日,過少申告加算税103,700円,重加算税2,846,400円の各賦課決定をし,原告は,同日これを納付した。

7  しかるに,原告と原告代表者は,同年6月13日法人税法違反罪で大阪地方裁判所に起訴された。そこで,原告は,検察官から開示を受けた原告の帳簿等の証拠資料を検討した結果,本件事業年度の期首原材料簿外棚卸高(減算額)は検察官主張の1,150,000円にとどまらず,14,811,994円が正しいと主張した。同裁判所は,昭和54年8月27日,右主張を認める有罪判決をし,同判決は,昭和56年1月27日に確定したが,右判決によると,本件事業年度の所得金額は33,439,915円,法人税額は11,511,200円となる。

8  したがって,原告の本件事業年度における所得金額及び法人税額は,査察官の詐欺,強迫に基づき,又は原告の錯誤によって,一部過大な修正申告となるから,その部分については義務なきものにつき申告納税したことになり,一方,被告は,右過誤納の法人税5,376,470円及びこれに伴う加算税合計1,612,941円を不当に利得した。

よって,原告は,被告に対し,右過誤納金合計6,989,411円及びこれに対する前記加算金納付日の翌日である昭和50年3月11日から支払ずみまで国税通則法所定の年7.3%の割合による還付加算金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし2は認める。

2  同3のうち同主張の査察官が修正申告方を強く勧告したことは否認するが,その余は認める。

3  同4のうち,原告代表者が躊躇したことは不知,脅かされたり間違いないと言われたことは否認し,やむなくその言を信じたことは不知。

4  同5ないし7は認める。

5  同8は争う。詐欺,強迫ないし錯誤は存在しない。

三  被告の主張

1  更正の請求の存在

(一) 原告は,請求原因と同一の事実を主張して,昭和56年3月17日,東淀川税務署長に対し,国税通則法23条2項に基づく更正の請求をしたが,同年4月17日更正すべき理由がない旨の通知処分を受け,更に,右通知処分の取消を求める抗告訴訟も昭和58年12月2日棄却され,右判決は,昭和60年5月17日確定した。

(二) ところで,税法上の是正措置請求が可能であったにもかかわらずこれをしなかった者については,原則として更に不当利得等による別途の請求はなしえない(最高裁判所昭和52年(オ)第987号同53年3月16日第一小法廷判決・裁判集民事123号245頁)。とすれば,更正の請求をしてこれを拒否され,その拒否処分が行政訴訟でも是認された本件においては,更に強い理由で不当利得等による別途の請求はなしえない。

2  納税申告に関する錯誤

(一) 納税申告書の記載内容に関する過誤の是正を,税法所定の方法によらないで主張することは,その錯誤が客観的に明白かつ重大であって,税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば,納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ許されない(最高裁判所昭和38年(オ)第499号同39年10月22日第一小法廷判決・民集18巻8号1762頁)。

(二) 原告の主張によれば,本件で過大な修正申告をした原因は,本件事業年度の期首棚卸資産の一部のみを申告したことにあるというのであるが,当時原告においては正確な棚卸もその記張もなされていなかったのであるから,仮に申告に錯誤があったとしても,客観的に明白であったとはいえない。

8 刑事裁判と課税手続

課税手続は適正公平な課税を行うために課税所得金額を確定するのに対し,刑事裁判は故意犯である逋脱罪について適正な処罰を行うために犯則所得金額を確定するものであって,両者はその目的と手続を異にする。我が国の法制の下においては,課税手続上確定している課税標準額が,刑事判決により認定された事実によって拘束かつ修正されるという制度は採用されていない(最高裁判所昭和27年(オ)第685号同33年8月28日第一小法廷判決・裁判集民事33号145頁)。

4  消滅時効

(一) 本件において,原告が返還を求める法人税が納付されたのは昭和50年2月28日であり,加算税が納付されたのは同年3月10日であるところ,本訴が提起されたのは右各納付の日から5年を経過した後である昭和60年10月28日である。

(二) 国税通則法74条,72条2項,3項によれば,過誤納金の還付請求権は「その請求をすることができる日」から5年で援用を要せずに時効消滅する。右起算日は,無効な申告又は賦課処分に基づく納付の場合には,その納付のあった日と解すべきであり,その理は当時強制調査によって会計書類が押収されていたとしても変わらない(最高裁判所昭和50年(行ツ)第65号同52年3月31日第一小法廷判決・訟務月報23巻4号802頁参照)。したがって,本訴各請求権は既に時効により消滅している。

四  被告の主張に対する認否及び反論

1  被告の主張1について

(一) (一)の事実は認める。但し,その抗告訴訟は,刑事判決が国税通則法23条2項1号にいう判決等に該当し,更正の請求について期間制限の延長が認められるか否かが争点となったにすぎない。判決がこれを消極に解した結果,制限期間を超過したとして更正の請求は認められなかった。

(二) (二)は争う。右のとおり本件は,同法23条2項1号の救済を受けられない結果同条1項の制限に服するので,更正の請求という是正措置をとれなかった場合であるから,それ以外の救済方法を否定してしまうのは不当である。

2  同2について

(一) (一)は認める。

(二) (二)は争う。本件の過誤は客観的に明白かつ重大であり,税法所定の方法以外にその是正を許さなければ,納税義務者の利益を著しく害する。そもそも,納税申告の過誤の是正について特別規定や例外的な要件が求められる所以は,申告書が最も事情に通じている納税義務者自身により作成されることにある。しかし本件では,帳簿等一切を押収された状態で言われるままに修正申告したものであって,その前提を欠く。

3  同3について

認める。しかし,刑事判決が課税手続を拘束するものでないとしても,課税手続における過誤の是正を禁じる趣旨ではない。

4  同4について

(一) (一)の事実は認める。

(二) (二)は争う。本件は,査察官の詐欺,強迫により修正申告がなされ,また刑事判決確定前に時効期間が経過した事案であるから,別個の配慮が要請される。

(三) なお,詐欺,強迫を原因とする修正申告について,原告は被告に対し,昭和62年9月9日の本件口頭弁論期日において取消の意思表示をする。

第三証拠

証拠関係は,本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  請求原因1(確定申告),2(犯則調査),3(査察官による指示)のうち査察官による強い勧告があったとの点は除くその余の事実,5(修正申告),6(賦課決定),7(刑事裁判),被告の主張1(一)(更正の請求,抗告訴訟),4(一)(本訴提起)は,いずれも当事者間に争いがない。

二  右によれば,本件の事実経緯は次のとおりである。

原告は,昭和47年6月27日法人税の確定申告をしたが,昭和49年8月30日法人税法違反の犯則調査を受け,関係帳簿等一切を押収された。原告は,右調査中の昭和50年1月27日査察官から所得金額,法人税額の数字を示された。原告は,同年2月18日査察官から示されたとおりの修正申告をし,同月28日法人税の納付を了し,同年3月10日過少申告加算税と重加算税の賦課決定を受け,同日各加算税の納付を了した。ところで,原告及び原告代表者は,同年6月13日法人税法違反罪で起訴され,検察官からの開示資料を検討の上,本件事業年度の期首原材料簿外棚卸高について誤りである旨主張したところ,昭和54年8月27日右主張を認めた刑事判決がなされ,右判決は,昭和56年1月27日確定した。そこで,原告は,同年3月17日同旨の主張の下に更正の請求をしたが,同年4月17日更正すべき理由がない旨の通知を受け,その後右通知処分の取消を求める行政訴訟を提起したが,昭和58年12月2日請求棄却の判決を受け,右判決は,昭和60年5月17日確定した。その後,原告は,同年10月28日本訴を提起した。

三  原告の本訴請求は,修正申告及び賦課決定の各一部が無効であることを前提として,既に納付した法人税,過少申告加算税及び重加算税の各一部の返還を求めるというものである。

ところで,国税として納付された金員について,それに対応する確定した租税債務が存在しない場合には,国税通則法56条にいう過誤納金としてこれを納税者に返還すべきであり,同法の過誤納金に関する規定は,その手続の性質,規定の内容からみて,民法の不当利得の規定を排除する趣旨であると解するのが相当である。

四  国税通則法は,その74条において過誤納金の還付請求権の消滅時効を規定し,その請求をすることができる日から5年間で援用を要することなく消滅するとしている。そして,同条にいう「その請求をすることができる日」とは,無効な申告または賦課決定に基づく納付の場合,その納付のあった日と解すべきでる(最高裁判所昭和50年(行ツ)第65号昭和52年3月31日第一小法廷判決・訟務月報23巻4号802頁),この理は,刑事判決確定前に時効期間が経過する場合であっても,還付請求や訴訟の提起などをして時効中断をすることが法律上可能である以上,別異に解すべき理由はない。

本件についてこれをみるに,仮に原告主張のとおり修正申告及び賦課決定が無効であって,これに基づく過誤納金について還付請求権が発生したとしても,前記事実経緯によれば,原告が法人税を納付したのが昭和50年2月28日,各加算税を納付したのが同年3月10日であるから,右各時点より5年が経過することにより,右請求権は援用を要することなく時効消滅したものというべきである。

五  なお,原告は,本件の修正申告は査察官の詐欺,強迫によって誤って行われたものであるから,昭和62年9月9日の本件口頭弁論期日においてこれを取り消す旨主張する。しかし,納税申告に民法の詐欺,強迫に関する規定が適用されるか否かはともかく,取消権自体,取消の原因たる情況の終了した時点から5年の経過により時効で消滅するものである(民法126条,124条)以上,本件事実関係の下において,右主張が失当であることは明らかである。

六  以上によれば,本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条に従い,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川口冨男 裁判官 園部秀穂 裁判官 斉木利夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例